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ケース3 パニック発作を伴う広場恐怖

(架空の典型例です)

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症例

Aさんは、ある日通勤のため満員電車に乗っていて、突然息苦しくなり、冷や汗が噴出し、心臓がどきどきと鼓動し、このまま死んでしまうのではないかという強い恐怖感に襲われました。次の駅でなんとか降車し、しばらくベンチにうずくまっていました。心配した駅員が救急車を呼びましたが、病院に搬送された頃にはもう落ち着いていました。

救急外来では、心電図、血液検査、胸部レントゲンなど各種検査を受けましたが、異常なところは全くなく、すぐに帰宅させられました。その後半年間にも全く同様なことが繰り返し起き、とうとう最近は不安や恐怖感に圧倒されて会社にたどり着けず、以来1か月会社を休んでいます。

体に異常がないことは納得しています。しかし、また同様な状態になるのが恐ろしく、もはや会社に出社することはおろか、電車に乗って買い物に行くこともできなくなりました。

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院長からのコメント

1回1回の恐怖感を伴った発作はパニック発作と呼ばれます。Aさんのように救急車騒ぎになるケースもありますが、一人で恐怖感に悩まされ人に打ち明けないで我慢している方もいます。そのような場合にも早めに相談してほしいと思います。

Aさんは閉所で不安が強まりいわゆる閉所恐怖と呼ばれている状態ですが、何もないような広い空間を恐怖に感じる方もいます。閉鎖空間、広い空間に対する恐怖はまとめて広場恐怖と呼ばれます。ちょっと紛らわしいですが。
Aさんのような経験をすると、「また発作が突然起きるのではないか」と心配になり、特に急行電車などしばらくは絶対に降車できないという状況に対して過度に警戒するようになります。電車ばかりかエレベーターに乗るのが怖くなる。あるいは美容院に行って動けない状況になるのも怖いという方もいます。閉所などの状況と関係なく、突然雷に打たれるようにパニック発作が起きる方もいて、これが繰り返される状態をパニック障害と診断されます。そのような方はいつどこで発作が起きるか予測がつかず、社会生活は一層制限されることもあります。

いずれにせよ、こういう病気にかかると、「自分は気が弱いからパニック発作を起こす」と思い込み、人に相談するのをためらうことも多いようです。一昔前のアメリカの人気ドラマERでも、Aさんのように救命救急室に運ばれた男性がパニック障害であると告げられ、「自分がそんな臆病者だったとは何てことだ!」と嘆く場面がありました。

私はパニック障害の臨床研究をしていましたが、性格的な欠陥がパニック障害の主な原因と考えている専門家はほとんどいません。興味深いことにペプチド(アミノ酸が数個結合したもの)であるコレシストキニンを静脈注射するとすべての人にパニック発作が起きます。気の強い人は起きないなどということはありません。コレシストキニンというのは、誰もが脳の中に有している物質ですが、注射することにより一時的にその脳内濃度が高まった状態で発作が起きると推定されています。

また、カフェインを過剰摂取するとパニック発作が起こりやすくなることも知られています。このようなことから、パニック障害は体質的な要因で何らかの脳のはたらきに微妙な変化が生じることが原因であろうと考えられています。パニック障害を決して恥だと思わないでください。パニック発作はたいてい治療により消失あるいは激減します。発作を放置して慢性的な不安状態にさらされると、その後の経過に悪影響を及ぼす可能性がありますので、まず早めに専門医を受診することが大切です。しかし、正念場はパニック発作が軽減してからです。治療により「発作は滅多に起きなくなった」と認識してはいるが、「また発作が怒るのではないか」という不安(予期不安)が続き、交通機関の利用が制限され、日常生活の幅を狭めてしまう患者さんが多く見受けられます。

治療すると発作は減ります。しかし、治療目標は「発作を撲滅すること」ではなく、「活動範囲を回復、維持させること」にあります。これをどのようなペースでどのような工夫で行うか、治療者とよく相談することが重要です。